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馬が鯉と鮒に
  

                   

 

「行きは馬で帰りは鯉と鮒とは何とも哀れなことだと思っただ。家に近づくごとに足が重くなって、泣いているおさきと、鬼になっているおっかあの顔が目に浮かんでよ。それでもようやくこうして帰ってきただ。すまんかった」
 とまた駒蔵は頭を下げた。
「何が鬼のおっかあだ。ようもそんな訳の分からん話をお前は・・」
 というお婆の言葉を遮って、
「ねえ、おとう、背中の荷物って鯉なの。」
 とおさきが言うと、
「おおそうじゃ、重かったわい。」
 といいながら着物に包んだ荷物を下ろすと着物を広げた。すると本当に大きな鯉と鮒が現れた。えらや尾は動いているが確かにおとなしく横たわっている。
「まあ、立派な鯉と鮒」
 とおさき。
「ほんに見たこともない大きさじゃ。」
 とお婆。
「すまんなあ、アオが鯉と鮒にかわっちまって。」
 と、また駒蔵が謝ると、おさきが駒蔵に
「いいの、いいのよ、おとうが無事帰ってきてくれただけで十分。」
 と駒蔵の手を取っていった。そしてお婆の方を向いて
「ねえ、お婆、お願いだからもうおとうをしからないで。」
 と言った。
 お婆は大きく一つため息をついてから
「いつまで、裸でいるんだ。体を拭いて寝間着を着ろ。」
 と言った。
「おっかあすまんなあ。」
 と言い終わると「ぐうー」と駒蔵のお腹が鳴った。
「ほっとしたら腹の虫がなきゃがった。朝から芋一つしか食べてないからな。」 と駒蔵が言うと。
「何言っとる。おらとおさきは何も食べとらんぞ。」
とお婆が言い返した。
「そうじゃこの鯉を食べよう。」
と駒蔵。
「じゃが味噌も醤油も何もないだが」
 とお婆。
「味噌も醤油もなくていい、ぶつ切りにして、串に刺していろりで焼けばいい。おらが台所に運ぶから、おさき、まな板と包丁を用意しろ。」
 と言って、鯉をよいしょと両手で抱えて台所に運んだ。おさきがまな板と包丁を用意している。
「いいか、まな板の鯉といっても、さすがに包丁で切られたら暴れるかもしれんで。おらが頭と尾っぽの方を押さえているから、おさきお前が包丁でまず腹を切ってはらわたを出せ。」
 と言いながら駒蔵がまな板からはみ出した鯉の頭と尾っぽを押さえた。
「はい」
 おさきが包丁を鯉の腹に入れて横に引くと、カチカチと包丁の刃に硬いものが当たる。
「おとう、鯉のお腹に何かあるわ。」
 おさきが切った鯉の腹を両手で広げたその時、ぴかっと辺りが明るくなるほどに光った。
「えっえ。」
 とおさきは一瞬驚いたが、すぐに叫んだ。
「小判よ、小判よ、お金が入っている。」
 鯉の腹から光が出た瞬間、目と口をこれ以上ないほど大きく開いてびっくりしていた駒蔵だが、おさきの「小判、小判、お金」の言葉に我に返って、もう一度鯉の開いた腹を見た。
 そこから何枚かの小判が出ていて黄金色に光っている。

「おさき、おらがよく見てみる。」
 と駒蔵が鯉の腹に手を入れて小判をすべて取り出した。全部で10枚ある。
「おい、おさき、鮒、鮒ももってこい。」
 鮒の腹も開いてみると銀貨が一分銀3枚と二朱銀7枚と一朱銀10枚でてきた。
「こここ、これは茶店でもらったおつりだ。」

「鯉の腹から出た10両と、鮒の腹から出たおつりはちょうどおらがなくしたお金と同じだ。戻ってきただ、戻ってきただ。」
 と駒蔵は大声を上げた。
「よかったね。よかったね。おとう。」
 とおさきは駒蔵に飛びついていく。二人は抱き合って飛び跳ねている。「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、おとしさんありがとうよ。南無阿弥陀仏。」お婆は仏壇の前に座ってお経を上げている。

 

アオを売ったお金で甚助さんへの借金を払い、手放した田畑の一部を買い戻 し、アオにも負けない馬に育てようと子馬も買った。それ以来駒蔵は人がすっかり変わり、よく動きよく働くようになった。村の人ももう「間抜けのコゾウ」とは呼ばず、こまねずみのようによく働くので「こまねずみの駒蔵さん」とよんだ。

新しく買った子馬はコイと名前をつけアオと同じようにおさきが世話をした。コイがアオにも負けない馬に育ったとき、コイは花嫁衣装を着たおさきを乗せてお嫁入り先に一緒に行ったそうだ。


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